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鳥取地方裁判所 昭和30年(ヨ)8号 判決

申請人 野口武彦

被申請人 矢谷文造

主文

本件仮処分申請を却下する。

申請費用は申請人の負担とする。

事実

第一、申請の趣旨と理由

申請代理人は、「鳥取市東品治町百六十九番十九宅地四十九坪四合に対する被申請人の占有を解き、申請人の委任する鳥取地方裁判所所属執行吏の保管に移す。被申請人は右土地上に建物を築造してはならない。執行吏は前項の目的を達するため適当な処置をとることができる。」との裁判を求め、その理由をつぎのとおり述べた。

(イ)  申請人先代野口寿彦は、被申請人先代矢谷米蔵のため大正六年十月一日、堅固でない建物所有の目的で申請の趣旨記載の土地(以下本件土地という)に地上権を設定し、その期間を大正十一年九月三十日までと約定した。しかして、申請人は、本件土地を先代からの贈与によつて取得して権利義務を承継し、被申請人は、昭和二十六年十月二十日、先代死亡によつて、その相続をしたのであるが、前記のように、右地上権は大正十一年九月三十日の経過によつて消滅したのに拘らず、被申請人は、右契約が明治四十三年十一月一日、申請人、被申請人各先代の間において賃借期間十年、堅固でない建物所有を目的とした賃貸借契約であつて、その後、借地法の定めによつて期間が更新し、昭和三十五年十月末日まで賃借権を有するに至つたと主張して本件土地を占有するから、昭和二十六年申請人は被申請人に対して土地明渡請求訴訟を鳥取地方裁判所に提起し、第一審は原告勝訴となつたが、被申請人から控訴した結果、昭和二十九年十月二十日広島高等裁判所松江支部において、申請人敗訴の判決があり、申請人はこれに対し上告し、現在最高裁判所に係属中である。

(ロ)  しかるところ、被申請人は、昭和三十年一月下旬頃から、本件土地上に鉄筋コンクリート建の店舗を築造せんとして、既に土台を据え、鉄筋を建てつつある。仮に被申請人主張のように本件土地の借地権が賃貸借契約によるものであり、その期間が昭和三十五年十月末日までであるとしても、残存期間は僅か五年有余を残すのみであり、かつ、前記のように、本件借地権は堅固でない建物所有の目的のものであるから、残存期間を甚しく越える右鉄筋コンクリート建の堅固な建物を築造しようとすることは、契約に定めた用法に違背するものである。よつて申請人は、同年二月八日建物築造につき異議を述べると同時に用法違背を理由として契約解除の通告をなし、右通告は被申請人に到達した。

(ハ)  つぎに、本件土地は、昭和二十七年八月二日、建設省告示第一〇九五号、第一〇九六号によつて、防火地域、ならびに、防火建築地帯に指定されたから、本件土地上には、堅固な建物である鉄筋コンクリート建でなければ、建物築造の許可をうけることができなくなつたものである。そこで、被申請人の堅固建物の築造が、法令によつて余儀なくさせられたものとするならば、この場合、右堅固な建物築造が仮に用法違背ではないとしても、本件契約が成立した当時における申請人先代、ならびに被申請人先代は勿論のこと、これを承継した申請人、被申請人においても、本件土地が防火地帯に指定され、堅固な建物の建築だけが許されるという事情の変更は全く予見できないことであり、かかる事情の変更は、申請人の責に帰することのできない事由によつて生じたものである。しかも、残存期間は僅々五年に過ぎないに拘らず、これを著しく越える堅固な建物の建築を申請人が忍ぶことによつて、将来被申請人から買取請求権の行使が許されるというが如き事態が到来するということになれば、申請人にとつては極めて苛酷である。かような場合に、当初の賃貸借契約の効力を存続させることは、著しく信義則に反するから、申請人は、事情変更を理由として契約の解除が許されるものと解する。よつて本件契約の解除の通告をした。

(ニ)  しかるに、右契約解除があつたにも拘らず、被申請人は本件土地上に堅固な建物の築造を続行しているから、申請人は前記用法違背、ならびに、事情変更による契約解除を理由として本案訴訟を提起して土地明渡請求をしようと準備中であるが、本件土地上に堅固建物が完成しては、将来勝訴判決をうけても申請人の権利の実行が困難となるから、本案判決確定まで建物築造禁止の仮処分を求めるため申請に及んだのである。

第二、被申請人の主張

被申請代理人は申請却下の裁判を求め、つぎのように述べた。

(イ)  まず、本件土地について、原告主張のとおり、さきに広島高等裁判所松江支部において、同裁判所昭和二十九年(ネ)第五七号宅地明渡請求事件として訴訟が係属し、判決があつた結果、賃借権の存在が認められて、被申請人勝訴となり、これに対し、申請人が上告、目下最高裁判所に訴訟係属中であることは認めるが、本件において、申請人が提起すべき本案訴訟は、前記事件と請求原因を同じくするものであるから、民事訴訟法第二百三十一条の再訴禁止の規定に抵触する。したがつて、右本案訴訟にもとづくを本件仮処分申請は、被保全権利につき審理するまでもなく不当であるといわねばならない。

(ロ)  申請人主張事実中、本件土地の賃貸借契約が堅固でない建物所有を目的とするものであること、本件土地が、昭和二十七年建設省告示第一〇九五号、第一〇九六号によつて防火地域、及び、防火建築地帯に指定され、被申請人が目下鉄筋コンクリートの建物を建築中であること、申請人から申請人主張の日に異議、ならびに、賃貸借契約解除の通告を内容証明郵便でうけたことは、いずれもこれを認めるが、その余の主張はすべて否認する。しかして、本件借地権の期間は、罹災都市借地借家臨時処理法第十一条により、昭和三十七年五月十二日まで延長されたものであり、また、堅固建物の築造は、都市計画法、建築基準法、耐火建築促進法等、公共の福祉のための強行法規によつて強制されるものであるから、申請人はこれを受忍する義務があるというべく、右堅固建物築造を以て、用法違背というは該らない。申請人の右契約解除は、憲法第十二条の規定に反するのみでなく、建物築造を不能ならしめることによつて、被申請人の生活の根拠を奪い、住むに家なき塗炭の苦しみに陥らしめるものであるから、憲法第二十五条に抵触する無効なものである。また、本件借地権は罹災都市借地借家臨時処理法第十一条の適用をうけるものであるから、建物新築に対する借地法第七条の異議を述べることはできないもので、仮に、その適用をうけ、異議を述べたとしても、借地権は残存期間存続するものであつて、建物築造を禁止することはできない。以上のように申請人の仮処分申請はいずれにしても理由がない。

第三、疏明資料

〈省略〉

理由

第一、まず、本件仮処分申請が、再訴禁止の規定に抵触するかどうかを検討するに、最高裁判所係属中の申請人、被申請人間の宅地明渡請求上告事件(第一審鳥取地方裁判所昭和二十八年(ワ)第五二号事件、第二審広島高等裁判所松江支部昭和二十九年(ネ)第五七号)が本件土地に関する被申請人の借地権の期間満了を原因とする土地返還請求訴訟であることは当裁判所に顕著な事実であるし、また、本件仮処分申請の被保全権利は右訴訟の第二審口頭弁論終結後、被申請人が、本件土地上に堅固建物を築造したことに対し、これを契約に定めた用法違背、もしくは、契約後の事情変更であるとして賃貸借契約を解除したことによる土地返還請求訴訟であることが、これまた申請人の主張によつて明らかであるから、右は事実関係を異にし、前記訴訟と本件仮処分事件の本案訴訟とが請求原因を同じくする事件ということはできない。被申請人の右主張は採用できない。

第二、つぎに、申請人の主張する被保全権利につき審究する。申請人が本件土地の所有者であるところ、被申請人に対し、堅固でない建物所有の目的を以て、賃貸していること、被申請人は、本件土地上に、昭和二十九年十二月頃から、堅固建物である鉄筋コンクリート建店舗を築造しようとして、既に土台を据え、鉄筋を建てつつあること、本件土地は、申請人主張の建設省告示によつて防火地域、及び、防火建築地帯に指定された結果、堅固なる建物以外は一般に建築が許されないものであること、ならびに、申請人が、被申請人の右建物築造に対して、昭和三十年二月八日、内容証明郵便を以て、借地法第七条の異議の申出、ならびに、賃貸借契約に定めた用法に違背するものであるとして、契約解除の通告をなし、被申請人に到達したことはいずれも当事者間に争がない。ところで、

本件の如く、堅固でない建物を所有する目的で借地権が設定されている場合に、都市計画法、建築基準法、耐火建築促進法等一連の取締法規によつて、借地権の目的である土地の上に、堅固でない建物の建築が一般的に禁止されたとしても、借地権設定者が、堅固建物の建築をも契約内容として許容しているという特段の事情(例えば、当事者間に建物の種類、構造を定めず借地契約をなし、借地法第三条により、堅固でない建物所有目的の借地権と看做される場合において、借地権設定者が、堅固でない建物の建築が禁止されている事情を知つていたか、または知り得べき情況にあつたときとか、借地権者において、堅固な建物を築造したことを借地権設定者が知りながら、何等の異議を述べず徒過した場合等)が認められない限り、これ等の取締法規が当然に、私人間の契約により定つた借地権の内容を、堅固な建物所有目的のものに変更させる効力を有するものではない。したがつて、右特段の事情の認められない本件において、被申請人が、申請人の承諾を得ないで(被申請人の明らかに争わないところである。)右土地上に堅固な建物を築造しつつあることは前記賃貸借契約に定めた用法に違反するものと一応認めざるを得ない。

そこで、申請人の本件契約解除権の成否について考えるに、本件賃貸借契約は、成立に争ない疏甲第五号証、成立、及び原本の存在に争ない疏乙第一号証によれば、明治四十三年十一月一日、当事者各先代間に締結され、数次の更新があつた結果、賃借期間は昭和三十五年十月末日まで存続するものであるところ、昭和二十七年四月十七日鳥取市火災によつて地上建物滅失し、同年五月十三日、鳥取市に罹災都市借地借家臨時処理法が施行され同法第十一条によつて、更に賃借期間は昭和三十七年五月十二日まで存続するに至つたものであることが一応認められるのであるが、罹災都市借地借家臨時処理法第十一条の趣旨が、本件についていえば、鳥取大火によつて地上建物を滅失し、しかも借地権の残存期間は十年にみたない借地権者に対し、その残存期間を伸長することによつて、借地権者の土地使用についての不安を解消すると同時に、速やかに、借地権者が建物の復興をすることをうながすためのものであることと、つぎに、本件建物の築造が、防火地域等の指定という市街地建設、火災予防のための法的措置によるものであつて、これは被申請人の責に帰することのできない事由であるから、前記のとおり、罹災都市借地借家臨時処理法により借地権の期間伸長をうけた、被申請人が、本件土地を利用しようとするには堅固な建物を築造せざるを得ないのであつて、したがつて、用法違背とはいつても、被申請人の行為は法規の命ずるところに従い、むしろ止むを得ざるに出たものというべきで、通常の用法違背の事例と趣を異にし、強ち信義則にもとるとは断じ得ないものであること、また、成立に争ない疏甲第五号証によつて明らかな如く、前示第一項において記載した申請人、被申請人間の宅地明渡請求事件を本案訴訟として、申請人が昭和二十六年十一月頃から本件土地の現状変更、建物築造禁止の仮処分をなし、被申請人の本件土地の使用を禁止し、右仮処分は昭和二十九年十月二十日、仮処分取消判決が言渡されるまで続行した。そのため、被申請人は、鳥取大火による建物滅失後も借地権残存期間十年のうち二年数ケ月は、本件土地の使用をなし得ない状況におかれていたこと等を併せ考えれば、尚更申請人が再び、ここで右用法違背を理由として契約の解除をなし、被申請人の本件土地の使用権を全く奪い去ることは信義則上許されないと解さなければならない。本件の如き場合は、借地法第七条の規定に従うべきであると解するから、申請人が、異議を述べたことによつて、借地期限である昭和三十七年五月十二日以降の借地期間の更新を阻止することはなし得るけれども、被申請人が残存期間、本件土地の使用収益をすることの禁止はできないものといわなければならない。申請人の用法違背を理由とする解除は無効である。

第三、つぎに、事情変更による契約解除の主張を検討するに、事情変更の原則とは、信義則の要請からくる一態様であつて、当事者に予知できない事情の変更があり、当事者に契約を履行させることが著しく信義に反する場合に、その一方に事情変更を理由として、契約の解除、解約権を与えるものであると解すべきところ、本件においては、申請人に契約の履行をさせることが信義に合致するものであること、前記認定のとおりであるから、これと反対の場合にあたる事情変更の主張が採用できないのは、説明するまでもない。尤も、申請人は、本件土地上に被申請人の鉄筋コンクリート建の堅固な建物が築造されたならば、将来、被申請人から右建物の買取請求を行使されることによつて、予測できない損害を蒙ると主張するけれども、買取請求目的物は、借地権者が借地の用法に従つて土地に附属させたもののみがその対象となるのであつて、本件のごとく取締法規の制定という特殊の事情によつて、当初定めた宅地の用法に従わずして堅固な建物を築造した場合においては、用法違背にも拘らず期間内の使用は許容されるとしても、用法違背をした借地権者は、買取請求権はこれを有しないものと解さなければならないのであつて、もし、そうでないとすると、借地権設定者は、借地契約上予見できるであろう以上の負担を荷い、用法違背の責を負う借地権者が借地権設定者のぎせいにおいて利得することとなり、このような結果は、これまた信義則上容認できないところである。されば、本件において、被申請人は申請人の承諾、もしくは、承諾があつたと認めるに足る事情がない限り、買取請求権を有するものではないのである。したがつて事情変更による契約解除の通告も無効である。

第四、以上説明したとおりであるから、申請人の本件仮処分申請はその保全すべき権利についていずれも疏明がないことに帰し、しかも、保証を以て疏明に代えるには相当でない場合であるから、本件仮処分申請は失当としてこれを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 小竹正 藤原吉備彦 秋山哲一)

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